恐怖のバレンタイン地獄
2004年12月21日 恋愛
「この前買ったスピーカーをスタジオに持って行くから、タクシーに乗せるまで運ぶのを手伝ってほしいだけど」
「…明日はオールで朝まで飲みに行くんですが…何時出発なの?」
「朝の9時には家を出るつもり」
先日貧乏な彼タナベ君が15回ローンを組んで買ったというスピーカー。
「私物は見つかると怒られる」と言っていたのだが、とうとうスタジオに持って行くらしい。
バレンタインだし。
本当に困ってるみたいだし。
何より労力は私しかいないし……しょうがない。
私は小さくため息をつき、務めて明るい声でそれじゃーと言葉を続ける。
「始発で行きます。そっち」
「よろしくー」
ということで、5時すぎまで友達としこたま飲んだ後、始発でタナベ家へ向かう。
そっと部屋に滑り込み、ドアをあけて様子を伺うとすうすうと彼は寝ているようだった。
起こしちゃ悪いから、そっと横に転がろうと思うが、布団も毛布もない。
あからさまな悪意を感じタナベ君の毛布を引っ張ると、ものすごい力で阻止される。
どうやらタナベ君は起きていたらしい。
「不良が帰って「きた。不良だ!朝帰りだ!布団貸さない!」
どうやら朝まで飲んでいたのがお気に召さなかったらしい。ぶうぶうと文句をたれる。
「てんめー…。あんたが手伝えって言ったから、眠い中、わざわざ自宅に帰らんとこっちへ
来てやったたんじゃろが!」と叫びたくなるのをぐっとこらえ、どかっと相手に一発蹴り入れ、ほんの少し仮眠を取った。
「ふかみん。そろそろ起きて手伝ってください。遅刻しそうです」
寝起きがめちゃくちゃ悪い私は、玄関の外から叫ぶタナベ君の言葉にぶうと膨れながらしぶしぶ起き上がる。
『おいおいまだ8時ちょいじゃん! 早ぇ〜よ!』
と心の中でつぶやきながら、目の前にあるばかでかいダンボール箱に手をかけた。
ずしりという嫌な手ごたえ。
……すんんんごく重い。
そして恐ろしい事に、思っていたよりもダンボール自体の紙質はちゃちく、簡単に破けてしまいそうだ。
これは。
…冗談ではなく、本当に落としてしまうかも知れない。
嫌な汗が額を伝う。
「…タナベ君。これっていくらだっけ?」
さらに嫌な事に、この段ボールは大きすぎてちびな私では、両手がまわらず抱える事はできない。
もしも最悪落としてしまったら…と思って恐る恐る聞いてみる。
「15万」
ぎゃー…。
精密機械だし、、絶対に落とせない。
15万で15キロのスピーカー。
最近全くといいほど運動していない私は、二階の階段から下ろしただけで腕がブルブルと痙攣してきてしまった。しゃれにならない。
「落としそう…休憩していい?」
「いいよ。休憩しよう」
お許しが出て涙が出そうになる。
(この休憩は万が一にもスピーカーを落とされたら困るからであって、断じて私を気遣ってではないと断言できる)。
普通に歩いて10分弱。これを持ち上げ、休憩しながら行ったらどれだけかかるのだろう。
想像しただけでくらっと眩暈がした。
足で蹴飛ばしながら足で引きずったらだめだろうか。それがダメならお相撲さんになりきって「残った残った!」ってツッパリの要領で前へ押すとか。
かなりの名案! 心がそちらへ動き、提案してみようとタナベ君を盗み見る。
それはそれは大事そうにスピーカーを抱えている彼の姿を見て、冗談でもそんなことは言ってはならない事を悟った。
口にしたら最後、悲しい別れにつながるかも知れない。
それじゃあ。ちょっと先にあるローソンまで走って荷台をかっぱらって来ようか。。
これはかなり名案な気がした。おそるおそる聞いてみる。
「タナベ君。私がやるからさ。もしコンビニに台車があったら、盗んできていい?」
「…何ばかな事言ってんの」
名案もあえなくおじゃんになってしまった。
パジャマでへっぴり腰で自分より大きなダンボールを持っているのはおかしいらしく、大学生であろう若い人々の好奇な視線が突き刺さる。
ああ、、恥ずかしい。
せめて服に着替えて化粧くらいすればよかった。
だが後悔先にたたず。とにかくこのスピーカーをとっとと捨てなければ!そう決意した私の耳に、
「ここじゃだめかも。もっと先に行かないとタクシー拾えないかな」
というタナベの声が!
これ以上さらにこれを持って人の多いところへ行けと!?
ちくしょう、何のプレイだよ、それは!!
タナベ君の言葉に耳を疑った。
「大丈夫。私がタクシーぶん捕まえる!」
車道に踊り出て、何とか体を張ってタクシーをゲットした。
(タクシーのおっちゃんに怒られたけど)。
あんなに早く出たのに時間はぎりぎり。
「それじゃー。ひと休みしたら秋葉にお使いよろしくね!」
颯爽とタクシーに乗り込んだタナベ君と、大事な大事なスピーカー君たち。
ああ…君たちの仕事ぶりにおいら期待しているよ。
そしてスピーカー君。できればもう会いたくないよ。
一人残された私は力なく、見えなくなった車に手を振り続けるのだった。
後日談:その後世の中はバレンタインなのに、私はひとり秋葉原にあるマニアーなオーディオショップを探し歩き、たった一本の螺子を探す旅に出たのでありました…。
HPより。サイト改装のためこっちに移しました。 2004のネタです
「…明日はオールで朝まで飲みに行くんですが…何時出発なの?」
「朝の9時には家を出るつもり」
先日貧乏な彼タナベ君が15回ローンを組んで買ったというスピーカー。
「私物は見つかると怒られる」と言っていたのだが、とうとうスタジオに持って行くらしい。
バレンタインだし。
本当に困ってるみたいだし。
何より労力は私しかいないし……しょうがない。
私は小さくため息をつき、務めて明るい声でそれじゃーと言葉を続ける。
「始発で行きます。そっち」
「よろしくー」
ということで、5時すぎまで友達としこたま飲んだ後、始発でタナベ家へ向かう。
そっと部屋に滑り込み、ドアをあけて様子を伺うとすうすうと彼は寝ているようだった。
起こしちゃ悪いから、そっと横に転がろうと思うが、布団も毛布もない。
あからさまな悪意を感じタナベ君の毛布を引っ張ると、ものすごい力で阻止される。
どうやらタナベ君は起きていたらしい。
「不良が帰って「きた。不良だ!朝帰りだ!布団貸さない!」
どうやら朝まで飲んでいたのがお気に召さなかったらしい。ぶうぶうと文句をたれる。
「てんめー…。あんたが手伝えって言ったから、眠い中、わざわざ自宅に帰らんとこっちへ
来てやったたんじゃろが!」と叫びたくなるのをぐっとこらえ、どかっと相手に一発蹴り入れ、ほんの少し仮眠を取った。
「ふかみん。そろそろ起きて手伝ってください。遅刻しそうです」
寝起きがめちゃくちゃ悪い私は、玄関の外から叫ぶタナベ君の言葉にぶうと膨れながらしぶしぶ起き上がる。
『おいおいまだ8時ちょいじゃん! 早ぇ〜よ!』
と心の中でつぶやきながら、目の前にあるばかでかいダンボール箱に手をかけた。
ずしりという嫌な手ごたえ。
……すんんんごく重い。
そして恐ろしい事に、思っていたよりもダンボール自体の紙質はちゃちく、簡単に破けてしまいそうだ。
これは。
…冗談ではなく、本当に落としてしまうかも知れない。
嫌な汗が額を伝う。
「…タナベ君。これっていくらだっけ?」
さらに嫌な事に、この段ボールは大きすぎてちびな私では、両手がまわらず抱える事はできない。
もしも最悪落としてしまったら…と思って恐る恐る聞いてみる。
「15万」
ぎゃー…。
精密機械だし、、絶対に落とせない。
15万で15キロのスピーカー。
最近全くといいほど運動していない私は、二階の階段から下ろしただけで腕がブルブルと痙攣してきてしまった。しゃれにならない。
「落としそう…休憩していい?」
「いいよ。休憩しよう」
お許しが出て涙が出そうになる。
(この休憩は万が一にもスピーカーを落とされたら困るからであって、断じて私を気遣ってではないと断言できる)。
普通に歩いて10分弱。これを持ち上げ、休憩しながら行ったらどれだけかかるのだろう。
想像しただけでくらっと眩暈がした。
足で蹴飛ばしながら足で引きずったらだめだろうか。それがダメならお相撲さんになりきって「残った残った!」ってツッパリの要領で前へ押すとか。
かなりの名案! 心がそちらへ動き、提案してみようとタナベ君を盗み見る。
それはそれは大事そうにスピーカーを抱えている彼の姿を見て、冗談でもそんなことは言ってはならない事を悟った。
口にしたら最後、悲しい別れにつながるかも知れない。
それじゃあ。ちょっと先にあるローソンまで走って荷台をかっぱらって来ようか。。
これはかなり名案な気がした。おそるおそる聞いてみる。
「タナベ君。私がやるからさ。もしコンビニに台車があったら、盗んできていい?」
「…何ばかな事言ってんの」
名案もあえなくおじゃんになってしまった。
パジャマでへっぴり腰で自分より大きなダンボールを持っているのはおかしいらしく、大学生であろう若い人々の好奇な視線が突き刺さる。
ああ、、恥ずかしい。
せめて服に着替えて化粧くらいすればよかった。
だが後悔先にたたず。とにかくこのスピーカーをとっとと捨てなければ!そう決意した私の耳に、
「ここじゃだめかも。もっと先に行かないとタクシー拾えないかな」
というタナベの声が!
これ以上さらにこれを持って人の多いところへ行けと!?
ちくしょう、何のプレイだよ、それは!!
タナベ君の言葉に耳を疑った。
「大丈夫。私がタクシーぶん捕まえる!」
車道に踊り出て、何とか体を張ってタクシーをゲットした。
(タクシーのおっちゃんに怒られたけど)。
あんなに早く出たのに時間はぎりぎり。
「それじゃー。ひと休みしたら秋葉にお使いよろしくね!」
颯爽とタクシーに乗り込んだタナベ君と、大事な大事なスピーカー君たち。
ああ…君たちの仕事ぶりにおいら期待しているよ。
そしてスピーカー君。できればもう会いたくないよ。
一人残された私は力なく、見えなくなった車に手を振り続けるのだった。
後日談:その後世の中はバレンタインなのに、私はひとり秋葉原にあるマニアーなオーディオショップを探し歩き、たった一本の螺子を探す旅に出たのでありました…。
HPより。サイト改装のためこっちに移しました。 2004のネタです
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